なぜ私はNZへ? 36歳・シングルマザーが選んだ『後悔しないための生存戦略』
現役NZナースが語る移住の真実。国家予算への衝撃、震災、シングルマザーとしての葛藤。36歳で息子と海を渡ったのは、後悔しないための「生存戦略」でした。変化を望む全ての看護師へ贈る、本音の物語
Mieko - NZ現役看護師
1/8/2026


目次
1.国家予算の衝撃。大学病院で知った「日本の限界」
2.20世紀の常識は通用しない。息子の未来を守る決断
3.4〜5年毎の転職。本能が選んだ脱コンフォートゾーン
4.30代はラストチャンス。変化を恐れる自分との決別
5.We Kan GO ── 10年前の私に届けたい、オークランドの穏やかな空
さて本日の話題は「なぜ私はNZへ?」──いわゆる移住の理由ですね。
もうね、この質問、移住してから現地で死ぬほど聞かれます。
何なら初対面の患者さんにも聞かれます。
特に日本は世界の中で安全で安定した国の代表格なので、
なんでそんな国からわざわざ出てきたの?と疑問を持つ人は多いわけです。
理由についてはかしこまってこちらのインタビューで語っているほか、
一から十までいちいち説明してられないので、「息子の教育のためです!」というと手っ取り早く、
それで済ますことも多いのですが(息子ごめんよ)
母国を出るというのは大きな決断ですので、一応本人なりには色々あるわけです。
今日はそんなところのぶっちゃけ本音を、余すことなく語ってみたいと思います。
1. 国家予算の衝撃。大学病院で知った「日本の限界」
20代の頃、私は大学病院の病棟でフルタイム勤務をしていました。
大学病院なのでそれなりに重症な患者も多く、本当にたくさんの人の看護をしました。
初めての医療現場。付いていくに必死の中、その現実から見えたのは、
現代医療というのは症状のコントロールや折り合いをつけるための、所詮「対症療法」であり、
本当の治癒のケースはとても少ないこと。
どんなに手厚い治療をしても、苦しい長い治療の末、亡くなっていく人は後を絶たないこと。
こんなに湯水のように治療にお金も人も使っても、治るわけじゃないのに、私たちの医療や看護は何のためにあるのか。
そういった違和感や疑問を感じました。
そんな日々の中、ふと、このお金はどこから来ているんだろう、国全体では医療費というのはいくらかかっているんだろう?
…と軽い気持ちで調べてみたところ、衝撃の事実を知ることになり、愕然としました。
日本の国家予算82兆円のうち(2005年当時)、国債発行18兆円や地方交付税交付金16兆円などを除いて、
実際に国が政策として使えるお金47兆円(一般歳出)のうち、
実に約半分の20兆円もの大金が、医療や年金といった社会保障費に消えていたんです。
つまりこれは…
…っていうイメージですね。
そしてさらに調べていくと、追い打ちをかけるような未来が見えてきました。
今後、高齢化が進むにつれてこの費用はさらに膨らみ、2040年には190兆円にまで達するという試算。
「今はまだ回っているけれど、私が年を取る頃には、このシステムは絶対に持つわけがない」
その予感は的中し、その割合は2025年現在、ついに全体の約半分(5割以上)にまで膨れ上がっています。
現場で必死に命を繋ぐことと、国という器が持たなくなること。
その板挟みの恐怖を、私はあの時初めて、数字として突きつけられたのです。
恐ろしい危機感、日本という国の行き先への不安を最初に覚えた瞬間でした。
でもこの時はまだ、自分が本当に海外移住するなんて、微塵も想像していませんでした。
2. 20世紀の常識は通用しない。息子の未来を守る決断
そんな危機感もあり、ちらりと海外生活への憧れもよぎったのですが、
それよりも「子供を産みたい」という気持ちの方が人一倍強い方だったので、
結婚し、2010年に息子が産まれました。
再び日本の未来に危機を覚えたのは、息子が生後半年の時のこと。
2011年3月11日、東日本大震災が起きました。
当時私は関東圏に住んでいたのですが、大きな被害は免れたものの、計画停電や物資不足などを経験。
スーパーの棚からは米やオムツが消え、暗闇の中で息子を寝かしつけながら、無力感に苛まれました。
現実逃避でネット検索に溺れ、玉石混合、あらゆる情報が飛び交う中で、
日本という国はどうなっていくんだろう、この腕の中の小さな息子が生きる時代はどうなっていくのだろうと、不安でたまりませんでした。
インターネットが普及して、年功序列が崩壊して、少子高齢化が進行して、
あらゆる変化が目まぐるしく起こる、息子が生きるこの21世紀において、
私が育った20世紀の『正解』は、もう息子が生きる21世紀には通用しない。
震災の揺れやその後の混乱の中で私が痛感したのは
「日本という場所でしか生きる術を持っていない」ということの危うさでした。
たとえ学歴がなくても、名誉がなくてもいい。
でも、世界中のどこに放り出されても、自分の足で立ち、大切な人を守れる力だけは持ってほしい。
そのためには、親である私自身が、日本という枠を超えて挑戦する背中を見せることができたら。
遠い憧れだった「海外生活」という言葉が、この時初めて、
息子の生存戦略としての「海外移住」という現実的な選択肢に変わりました。
3. 4〜5年ごとの転職。本能が選んだ脱コンフォートゾーン
そうは言っても海外を意識し始めたその当時、息子はまだ乳児!
しかもその頃離婚も経験し、シングルマザーとなっていたので
こんなふにゃふにゃな生き物を、私一人で海外に連れていくなんて、いくらなんでも無謀すぎる…
と、海外への思いは一旦横に置かざるをえませんでした。
地元に戻って両親の助けがあったからこそできたこととは言え、
日本でも海外でもどこで生きるにしろまずはお金、お金がいるわ!と、とにかくがむしゃらに働きました。
その甲斐あってか、その当時の職場で看護部門の責任者まで登りつめ、それなりに充実した毎日を送っていました。
しかしその職場での日々が長くなるにつれ、少しずつ感じる停滞感。
居心地はいいけど、毎日あまり変わらない景色。
ずっとこのままの生活も悪くはないけど、自分の成長がそこで止まってしまうような感覚がありました。
振り返ると看護師としての仕事を始めてからずっと、4~5年周期で職場を変え、ライフステージに合わせて環境を変えてきた自分。
停滞感は自分の伸びしろに限界が見えている証拠。
今思えばいつも「コンフォートゾーンを出て、自分の限界」を試したい、そんな思いで生きてきたため、
一度は海外に挑戦したい、実際に住んでみたいという情熱を、完全に消すことはできなかったのです。
4.30代はラストチャンス。変化を恐れる自分との決別
子供がいるし、シングルマザーだし、30代だし、英語話せないし…
海外移住を諦める状況はむしろ人より揃っていたし、簡単に思えました。
だけど一度きりの人生、今諦めてこのまま年を取り
「あの時行けばよかった」と後悔するのは絶対に嫌だ
そう強く思ったのです。
しかし海外移住、しかも母子での挑戦となると、人生をかけるくらいの大きな挑戦になる。
そこまでの大きな勝負をするには、失敗してもまだ再起がしやすい、そのエネルギーがある30代!
失敗したらそれはそれ、また帰ってきてそこから頑張るだけ!
ちょうど息子も保育園の年長で、ずいぶん成長したなと感じるようになった頃と、
自分の年齢のバランスが絶妙に交差したのが、2016年、当時私が36歳、息子が6歳という時だったのです。
5.We Kan GO── 10年前の私に伝えたい、オークランドの穏やかな空
あれから10年近くが経ちました。
あの日、日本の暗闇の中で「30代はラストチャンス」と自分を奮い立たせていた私は今、
オークランド西部の森に囲まれた自宅で、この記事を書いています。
足元では、1歳になったばかりの2匹の猫たちが、穏やかに喉を鳴らしています。
「日本脱出」なんていうと、少し物騒に聞こえるかもしれません。
「日本を捨てた」と、否定的にとらえる人もいるかもしれません。
でも、実際に海を渡り、ニュージーランドでナースとして働いている今、
あの日感じた「危機感」や「本能」は間違っていなかったと確信しています。
今の私には、国家予算の心配をするよりもずっと大切な
「自分の人生を、自分らしく生き、自分の手で舵取りしている」
という実感があります。
仕事帰りにスーパーで1個のマフィンを買って、森の空気を吸いながら味わう。
夜勤明け、誰にも急かされることなく猫たちとまどろむ。
そんな、かつての私が夢見た「世界のどこでも生きていける自分」が、今ここにいます。
もちろん、楽な道ではありませんでした。
英語の壁にぶつかり、絶望し、涙した夜も数え切れません。
でも、”We Kan GO”
私たちは、いつからだって、どこへだって行けるんです。
もし、今のあなたが、かつての私と同じように「小さな違和感」という種を抱えているのなら。
その種を、どうか大切に育ててみてください。
その一歩の先に、想像もできなかったほど静かで、自由な景色が広がっているかもしれないから。
年収820万円のお父さんが、借金返済に180万円使い、さらに160万円地方の子供に仕送りして、
自由に使えるお金は470万円だけど、そのうち200万円をおじいちゃんの扶養と医療に使ってる
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