英語ゼロの母子移住から9年 NZ看護師になった私の「光と影」
2016年に英語ゼロ・子連れでニュージーランドへ移住。苦節9年、夢を叶えた先で待っていたのは、ポテチを爆食いして寝落ちする燃え尽きの日常だった
Mieko - NZ現役看護師
12/30/2025


目次
1.2016年から2025年へ:駆け抜けた9年間の足跡
2.2022年:人生最大のゴールテープを切ったあの日
3.憧れの世界に立って見えた「ポテチ爆食い」の日常
4.成功者に見える仮面を脱いで、今伝えたいこと
1. 2016年から2025年へ:駆け抜けた9年間の足跡
2016年11月、私と息子はニュージーランドに母子移住しました。
2025年の今、ちょうど丸9年が過ぎ、10年目という大きな節目に突入したところです。
年末という時期柄や、「10年目」という大台を前に、
自分の中で何かが静かに切り替わるような、不思議な節目を感じています。
この9年間をざっくり振り返ると、それは決して平坦な道ではありませんでした。
2016年:スタート地点
36歳、英語力ゼロ。6歳の息子を連れ、右も左もわからぬままニュージーランドの地に降り立つ。
2016~2020年:サバイバル期
語学学校から専門学校へ進み、その後は訪問介護士として勤務。
異国で息子を育てながら生きることに精一杯で、看護師に戻るための英語試験に励むものの、何度も挫折しそうに。
2020~2021年:忍耐の時代
コロナ禍の荒波にぶち当たり、看護師免許の書き換えも停滞。
ひたすら「待ち」の時間を強いられる。
2022年~:念願の達成
死に物狂いでCAP(必須看護実習)をこなし、
ついにニュージーランド看護師登録と永住権取得を達成。
公立病院の内科病棟に就職し、今に至ります。
2. 2022年:人生最大のゴールテープを切ったあの日
2022年にニュージーランドの看護師になれたことは、
私の人生において、息子が産まれた時と同じくらいの幸福感、
そして最も大きな達成感を味わった出来事でした。
長年積み重ねてきた大きな夢が、ようやく形になった。
その瞬間、溢れる想いを残そうとTwitter(X)で報告をしたのを覚えています。
あの時の私は、高揚感と希望に満ちあふれ、
ある種の完璧なゴールテープを切ったのだと信じて疑いませんでした。
3. 憧れの世界に立って見えた「ポテチ爆食い」の日常
あれから3年超の月日が経った、2025年の年末。現実はどうなっているかというと……。
安定した仕事と収入を得て、安心して暮らせるマイホームを手に入れ、家族と猫たちに囲まれる。
客観的に見れば、私は「穏やかで幸せな生活」の中にいます。
しかしその一方で、日々の仕事が終わった後、めちゃくちゃに疲れきっている自分がいます。
帰宅しても着替えをする気力すら湧かず、
スマホでSNSやゲームを眺めて何時間も過ぎてしまったり、
ベッドに倒れ込んで動けなくなったり。
今日も日勤が終わって帰宅した後、
疲れからポテチを1袋爆食いし、ソファでそのまま寝落ちしていました。
夕食を作るエネルギーは残っておらず、結局テイクアウトに頼る毎日です。
定時に帰れる、恵まれた条件で働いているはずです。
それでも、英語という第2言語を操り、異文化の医療現場で脳と体をフル回転させ、
アドレナリン全開で働いた後は、自分の全エネルギーを使い果たしてしまう。
あんなに努力して憧れた世界にいるはずなのに、
日々「燃え尽き」を感じているのが今の私のリアルです。
4. 成功者に見える仮面を脱いで、今「灯台」として伝えたいこと
そんな私が、なぜ今、あえてこのブログを書き始めようと思ったのか。
それは、端から見れば「海外看護師として成功した華々しい姿」に見えるかもしれない私の、
泥臭く、疲れきった「本当の姿」を発信したいと思ったからです。
世に溢れるキラキラした成功体験や有益なノウハウではなく、
ニュージーランド看護師の等身大の日常こそが、
これからここを目指す誰かにとっての「真の道しるべ」になるのではないか。
そう信じています。
今、ニュージーランドや海外で看護師・介護士を目指して闘っている方々へ。
手探りの暗闇の中にいると感じている方々へ。
もしこのブログが、遠くを照らす「灯台」のように、
あなたの足元にほんの少しの灯りをともす存在になれたら、これほど嬉しいことはありません。
看護師になるまでの道のり、
そしてなってから見えた景色。
嘘も誇張もないリアルを、
これから少しずつ綴っていこうと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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